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【北ドイツ放送交響楽団】 (2017-1-13 21:23:33)
エルプフィルハーモニー・ハンブルクがようやく開館し、このオケも本拠地を変えるようだ。
また名称も北ドイツ放送エルプフィルハーモニー管弦楽団になったようだ。
私はこのオケの来日公演を3回聴いている。最初は朝比奈隆との共演。「ロマンティック」だった。1984年。
指揮者がドイツに行くのではなく、オケが日本に来て共演というやり方はこの時、初めて知った。
最近では小澤・ウィーンフィル(サントリー)もその例かと思う。
この朝比奈との共演では、特に第2楽章の弦が秀逸だった。
大阪フィルの弦は、どうも少し粗いというか、そういう印象があったのだが、北ドイツ放響ではその不満はなかった
。
そして次の機会は1990年のヴァントとのブルックナー8、そして3回目は2000年の同じくヴァントとのブルックナー9だった。
結局、3回ともメインはブルックナー(^^;)。
特に3回目の2000年ライヴは前にも書いたが感動的だった。恐らく、これがヴァントの最後の来日公演では?という空気感があった。
それはカラヤンの最後の来日公演(1988)と同じ雰囲気を感じた。
演奏はとても良かったのだが、とにかく聴衆が素晴らしかった。ブル9は特に第1楽章では沈黙が多い(ブルックナーパウゼ)。
それが起きる度もホールは無音だった。誰もが沈黙していた。
いや、恐らく誰もいないホールより静かだったと思う。
楽章間の休憩時も、むやみに咳をするような人はいなかった。休憩時も静かだった。呼吸すら禁止!という緊張感だった。
そして第3楽章が終わって、その最終音がホールを浮遊している間も、ホール内は沈黙だった。
フライングブラヴォー、拍手無し!ヴァント・北ドイツ放響がその愚かな行為を封じ込めるような演奏だったからかと思う。
今なお、私のコンサート体験のベスト5に入っている。
その東京ライヴはこちら
また名称も北ドイツ放送エルプフィルハーモニー管弦楽団になったようだ。
私はこのオケの来日公演を3回聴いている。最初は朝比奈隆との共演。「ロマンティック」だった。1984年。
指揮者がドイツに行くのではなく、オケが日本に来て共演というやり方はこの時、初めて知った。
最近では小澤・ウィーンフィル(サントリー)もその例かと思う。
この朝比奈との共演では、特に第2楽章の弦が秀逸だった。
大阪フィルの弦は、どうも少し粗いというか、そういう印象があったのだが、北ドイツ放響ではその不満はなかった
。
そして次の機会は1990年のヴァントとのブルックナー8、そして3回目は2000年の同じくヴァントとのブルックナー9だった。
結局、3回ともメインはブルックナー(^^;)。
特に3回目の2000年ライヴは前にも書いたが感動的だった。恐らく、これがヴァントの最後の来日公演では?という空気感があった。
それはカラヤンの最後の来日公演(1988)と同じ雰囲気を感じた。
演奏はとても良かったのだが、とにかく聴衆が素晴らしかった。ブル9は特に第1楽章では沈黙が多い(ブルックナーパウゼ)。
それが起きる度もホールは無音だった。誰もが沈黙していた。
いや、恐らく誰もいないホールより静かだったと思う。
楽章間の休憩時も、むやみに咳をするような人はいなかった。休憩時も静かだった。呼吸すら禁止!という緊張感だった。
そして第3楽章が終わって、その最終音がホールを浮遊している間も、ホール内は沈黙だった。
フライングブラヴォー、拍手無し!ヴァント・北ドイツ放響がその愚かな行為を封じ込めるような演奏だったからかと思う。
今なお、私のコンサート体験のベスト5に入っている。
その東京ライヴはこちら
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