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熊本震災支援業務を振り返る(2) (2016-6-12 7:24:47)
今回はトイレ掃除で思ったことを述べたいと思う。
我々派遣部隊の任務はあらかじめ決まっているのではなく、とにかく益城町が困っていることなら何でも手伝ってこい、というミッションであった。というわけで、派遣初期の部隊の任務は、誰も手をつけられずに困っていた、避難所の仮設トイレ掃除が最大のウエイトを占めることとなった。
トイレ掃除は重労働でなおかつスピードも求められるハードな作業だった。何十基もあるトイレを相手に、朝イチで取りかかる。単に掃除だけでなく、汚物入れ用のゴミ袋交換、夜間点灯用のランタン回収、そして流し用や手洗い用の水の補給を同時並行に行わなければならない。なぜ朝イチかというと、夜中は暗くてよく見えずに便器周りを汚されてしまうことが多く、すぐに取りかからないと苦情が出ること、水の補給は軽トラックに積んだタンクから行うのだが、1回では到底足りないので途中追加補給のため避難所敷地外へ取りに行くのだが、日中になると渋滞して時間がかかるのと、敷地内で出歩く人が増え出すと危険なので動けなくなってしまうことなどがあるため、この時間帯以外選択の余地がなかったのだ。
特に大変だったのが水の補給である。軽トラの巨大タンクから、手運び用ポリ容器に移して各トイレまで運ぶのだが、タンクの蛇口から出る水が勢いがありすぎてびしょ濡れとなった。さらにはタンクの一つは蛇口が故障して単に栓を外すだけの状態だったので、噴き出す水をうまく容器に移すことが困難だった。
そこで、翌日はホースを買ってきてサイフォンの原理で水を吸い出すやり方に変えた。これでびしょ濡れになることはほとんどなくなり、QOLが一気に向上した。しかしまだ課題が残っていて、ホースが全部タンク内に沈んでしまうと、取り出すときにタンクの底深くに手を入れなければならず、そうするとゴム手袋の中に水が入り込んでしまう、また、サイフォン中に吸い込む側のホースが水面に浮いてしまうと水が止まってしまうという問題があった。ならば今度はホースの片方には空のペットボトルに蓋をして紐でくくり付け、もう一方にはガラス瓶をくくり付けた。こうすれば常にホースの片方の端は水面に浮き、もう片方の端は水底に沈むこととなる。
上記はほんの一例だが、他にもいろいろ細かい工夫・改善を加えることで、トイレ掃除の所要時間は日に日に短縮された。この経験から、ふと何かに似ているなと気づいたことがある。脈絡のない話だが、最近読んだ漫画作品「宇宙兄弟」で描かれる宇宙飛行士の振舞い、特にトラブル発生時の対応に似ていると思った。
宇宙飛行士は、平常時でも多くの複雑・困難なミッションを遂行しているが、トラブルが発生した際は特に迅速に事態の収拾と解決を図らなければならない。それも、宇宙に行っていたら資材はそう簡単に追加できないので、今手元にあるものでいかに速く、上手に解決するかを考えなければならない。実際にかつてのアポロ13号で起きた事故の際は、月着陸船と司令船の二酸化炭素除去カートリッジの口の形が合わず酸欠になりかけたところを、船内のあり合わせの材料でつなげることで危機を回避した。また、「宇宙兄弟」の中では、月面移動車にカーナビを付けるとか、太陽光を鏡で反射させて基地内の照明に使うことで電力消費を抑えつつ明るさを確保する、といった、あまり金をかけずにQOLを改善するといったアイデアが随所に出てきた。
宇宙飛行士のミッションとトイレ掃除を比べるのは余りにもおこがましいが、レベルの差こそあれ、常に何か改善できることはないかを考え、迅速に取り組む、なるべく費用をかけずに、既に周りにあるものをうまく活用する、という点は共通しているのだ。さらに言うなら、災害応援のトイレ掃除に限らず、普段の業務でも同じことは言えるのだ。ただ、普段の業務では災害のように逼迫した状況にないため、そこまで考えが及ぶことは少ないのかもしれない。また、さらに話は飛ぶが、トヨタ自動車の「カイゼン」だってこれと同じ発想の下にあるのだ。これが理解できただけでも、今回のトイレ掃除は大いに意義があるものだったと思う。
ちなみに、行政職員にいつまでトイレ掃除をやらせるのだ、ということで槍玉にあがり、我々の後任の班の途中からトイレ掃除は担当業務から外れて、民間事業者への委託になった(そもそも最初からそうなっているべきなのだが、益城町の手配がそこまで回っていなかった)。その後の派遣部隊の主力業務は、罹災証明の受付補助、支援制度の説明など、行政職員が得意とする本来の姿にようやく近づいたわけだが、その中でもこの常に改善できることはないかを考える精神は受け継いでもらえたらなと思う次第である。