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ロ号潜水艦で渡独?? (2016-4-22 7:40:37)
吉村昭の「深海の使者」という作品は私の愛読書の1つ。日独を往復した日本の「イ号」潜水艦の苦闘を記している。
潜行の限界時間を超えても、危険区域の為、浮上しない場面は、読む方も本当に息苦しくなってくる。
こちら
さて、19日の千葉日報に驚く記事があった。こちら。これは本当なのだろうか?
同社の記者は、講演内容を鵜呑みにして記事にしたのだろう。ただ聞いた内容をそのまま原稿にするとは、
記者のレヴェルも落ちたものだ。いろいろと調べ確認して、その上で執筆するのが記者の仕事だろう。
この記者だけでなく、この新聞社自体も情けなく思う。これを主催した栄町の団体も問題だ。
この講演をした方は、他地域でも同様に講演をしているのでは?とさえ思う。
88歳となれば、個人差はあるが、実体験と自分の夢、希望、あるいは小説等で読んだことが、複雑に絡み合い、
面倒なことに全てが実体験になってしまう場合がある。
晩年のアルマ・マーラーが、マーラーの思い出を語ったインタビューも有名だ。事実と大きく異なっていて、信頼性は薄い。
吉村昭が作家生活後半で戦記物を一切書かなくなったのは、年月が経過するにつれて、生存者も高齢化し、
ある戦いのことを尋ねると、証言が人ぞれぞれ異なり、どれが史実に近いのか、判断出来なくなったからと述べていた。
今回の記事では、1941年5月に名古屋から木造船(!!)で少年達40人がシンガポールに向かったとあるが、1941年5月??
ここで、早くもおかしい。記者もおかしい?と思わなかったのか?
シンガポールから少年達が分乗してロ号潜水艦でドイツへ向かったというのは、もう明らかにおかしな話。
記者も「ロ号」とは、どんな潜水艦だったのか?調べれば、「ん?何かおかしい」と思ったはず。
何も調べずに、記事にした?とにかく、全て疑うことだ
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