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青空 (2014-7-28 23:10:01)
その頃は、心の中にいつも鉛色の雲が垂れ込めていた。
うつ病と診断された2年前から何もする気が起きなかったのに、どうしてこんなことを言いだしたのだろう。
「今度のびえいヘルシーマラソン、親子ペアに出るぞ」
レース当日、号砲とともに飛び出す小学5年の息子。ついて行くには全力で走らなければならなかった。でも3km地点から歩いてしまい、息子の背中はみるみるうちに遠ざかってしまった。ワンエイツ(5.274km)という距離がとてつもなく長く感じた。
やっとの思いで競技場に入ると、4コーナーのあたりにぽつんとたたずむ息子の姿が見えた。
「ゴメンゴメン、遅れちまった」
と軽く言いながら駆け寄る僕。無言のまま刺すような視線を向けていた息子は、僕の手をつかむと全力で走り出した。僕は転ばないようについていくのが精一杯だった。
親子ペアは2人一緒にゴールしなければならない。全力で走った彼だが、そのままゴールするわけにいかなかった。後続のランナーに次々と抜かれている間、彼はどんな思いでいたのだろう。自分の努力を台無しにした情けない父親に対する怒りの気持ちが、強く握ったその手から伝わってきた。
やっとゴールをして苦しく息を吐いている僕の口からは思いがけない宣言が飛び出した。
「来年は絶対お前についていくからな」
息子の怒りが、このままダメ親父ではいられないという意地に火をつけたようだ。
それから僕はランナーになった。徐々に走れる距離は長くなった。スピードも増してきた。近郊の大会にも参加するようになり、記録も伸びていった。
1年が経過して、びえいヘルシーマラソンの日がやってきた。
号砲とともに息子が飛び出し、僕は後ろについていく。それは昨年と同じだった。でも昨年の彼よりもスピードは速かった。彼についていくには今年も全力疾走が必要だった。
今年も彼についていくのは3kmまでが限界だった。少しずつ彼から遅れ始めた。
彼もその気配を察したのだろう。不安そうな表情で後ろを振り向いた。
「俺にかまうな。絶対についていくから、全力で走れ!」
昨年のように簡単に諦めるわけにはいかない。父としての存在意義がここにかかっているのだ。必死で彼の背中を追った。
諦めれば足が止まってしまうことは間違いない。それだけは絶対にいやだ。徐々に小さくなる彼の背中を追いかけながら、意地だけが足を動かしていた。
競技場に入るとき、彼は100mほど前を走っていた。4コーナー地点に到着して振り返る彼に、僕は大きく手を振った。まだしっかり走っていることを精一杯アピールしたのだ。
左手を伸ばすと彼は右手でしっかりとつかみ全力疾走をする。僕も彼に合わせてラストスパートをする。手をつないで並んだままゴールラインを越えた。
「ごめん、今年もついて行けなかった」
苦しい呼吸の中で彼に謝った。
「いいよ。お父さん、頑張ったよ。すごかったよ」
彼の笑顔を見て、心の中に青空が広がった。(おわり)
(第9回プラタナス大賞 入選作品)