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9.ウルトラマラソンの部屋 : 2010さくら道国際ネイチャーラン10/04/16〜19【受付台】

投稿者 トピック
バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
Re:2010さくら道国際ネイチャーラン
つもるさん、ありがとうございます。
確かに「すごい!!」です。
自分でもすごいと思ってます。
でも、きっとつもるさんにもできるように思いますよ。
まずは完走記でバーチャル体験(?)
バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
Re:2010さくら道国際ネイチャーラン
おやまさん、応援ありがとうございました。
五箇山でおやまさんを見つけたとき幻かと思いましたよ。
見られていないところでは「楽しそうじゃない」ところもありましたよ。
でも、ぜひ是非おやまさんにも走ってもらいたい。
来年は一緒に走れるといいですね。
もちろん先にゴールしていいですよ。
あっきー
  • 登録日: 2007-3-29
  • 居住地: 三重県
  • 投稿: 280
Re: 2010さくら道国際ネイチャーラン(スタート〜50km)
腰が痛くなったランナーさんはnakayoshiさんです。 一緒に付き添っていたもう一人のベテランランナーさんがS山さんです。 
102番の巨匠さんとS山さんがnakayoshiさんをサポートされていました。 S山さんもnakayoshiさんもお二人ともベテランランナーさんです。 私はお二人からいつも励まされております。 感謝です。


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あっきー frun東海 @三重県川越町

バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
Re: 2010さくら道国際ネイチャーラン(スタート〜50km)
では、50kmでご一緒させていただいたのは巨匠さんとS山さんだったのだと思います。
nakayoshiさんとは同じ1組スタートでしたし、取材の方がついていたので、その方ではなかったです。
あの中京テレビの番組はご覧になりましたか?
感動的でしたね。
バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
2010さくら道国際ネイチャーラン(〜120m)
そんなに長くならないよ。と思っていたけど、やっばり長いです。
まだ先は長いなぁ〜。

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50kmを過ぎるくらいからウエストバックのベルトがお腹に当たって痛くなってきていた。
このウエストバックはもう何年も使っているものだけれども、50km以上を走ったことは勿論無かったので、こんなことになるとは思っていなかった。
ウェアは長袖一枚にロングスパッツ、うすでの手袋、帽子といったいでたちだったので、スパッツのウエストを上に引っ張り少しでもお腹を保護しようと思ったが、なかなかうまくはいかなかった。

景色は山が近くに見え、川が右に左にとうねっているのが見えた。
なかなか風光明媚で何度か立ち止まって写真を撮ってみた。

名古屋から岐阜に入って随分走ってきたけれど、街や村(?)の人たちは、皆さんピンクのゼッケンを付けて走っている私たちを見ると庭先やからや畑作業をしながら「頑張って」と声をかけてくださった。
自転車の中学生たちが、自転車を止めて道を譲ってくれたりもしてくれる。
なんだかすっごくありがたい。
そしてこのピンクのゼッケンを付けているだけで、すっごい偉業をいているような錯覚にしてもらった。

行きかう車からも応援してもらえる。
窓を開けて「がんばって」といってくれる車もあれば、軽くクラクションを鳴らしてくれる車もある。
すれ違う車がクラクションで応援してくれた。乗っている人たちを見ると両親に良く似た老夫婦だった。もちろん両親ではないのだけれど、そんな錯覚をした。

どこのエイドだっただろうか、到着すると「うずらさんからきいています」といって声をかけてくれたボランティアさんがいた。
うずらさんは大阪のラン仲間の女性で、大阪のランナーさんたちにも初参加の私のことをメールしてくれていて、開会式やスタート前に沢山のみなさんに声をかけていただいた。
遠くに居る人たちも応援してくれてるんだなぁとありがたくなった。

道路標識に「美並」や「八幡」などの地名がでてくる。
母が女学生時代に疎開していたのが郡上八幡。今も叔母がこの辺りに居る。
2年ほど前にこのあたりに母をつれて旅行に来たときに、こういった地名を見たのをおもいだした。

そんな旅情的な感傷とは別に冷たい風か強くなってきた。
白鳥に向かって道は軽く上っている。そこに加えて冷たい向かい風なのだ。
天気予報を念入りに見ていたので、向かい風になるだろうことも知っていたし、夜にはかなり気温が低くなることも知っていた。
しかし、実際に走ってみると心が折れそうな風だった。
相変わらずウエストバックのベルトが痛い。シャツをめくってみたけど、特に赤くはなっていなかった。
寒くなってきたし、お腹の保護にもなるので、はやく白鳥で預けてあるウインドブレーカーを着たいと思った。

道路標識からも「白鳥」が近いことがわかった。
遠くに高速道路が交差しているのがみえた。去年きたときにジョグをしてアレを見た気がした。
ちょっとがんばる気になる。
しかし、高速道路は1つではなかった。
もういっこすれ違ってる。ひぇ〜、まだだったか〜。
しかもここにきて歩道橋を渡って行けとの指示看板が。いいよ登るよ。。。(後で聞いたら反対車線を走って来るほうが良いらしかった)
しばらく行くとボーイスカウトの子たちが応援してくれていた。
そういえばボーイスカウトの子が併走してくれた、なんて話を聞いたことがある。白鳥のエイドまで、一緒に走ってくれるのかな?と期待したけど「もうちょっとでエイドです」って言われただけで、走ってはくれなかった。
しかも「もうちょっと」が長い!

それでもようやく右に曲がる誘導をされて白鳥駅前へと走り込む。
駅前の懐かしい風景だった。

白鳥のエイドには17時半ごろ着いた。
白鳥のエイドにつくと大会係りのOさんが「Tさん小川さん来たよ!」とエイドの中で仕事をしているTさんに大きな声で声をかけてくれた。
去年ここのお手伝いをしたとき女性はTさんと私のふたりだけだった。
今年は走ることになりましたと、観光協会を通じてメールしていたのだった。
Tさんと一年ぶりの再会。
といっても白鳥は夜間用の荷物を預ける人が多いエイドなので、到着時間の記入や荷物の受け渡しをしているととても忙しいエイドなのだ。
私もトイレや着替えを済ませてサンドイッチや果物をいただいているとあっという間に時間がすぎて行く。
白鳥まではエイドでは座らないようにしていたけれど、白鳥では椅子にすわった。
この後は毎回座ることになるのだけれど。。。
長居すると出発する勇気が減るので、ゆっくり話すこともなく「そろそろ行きます」とだけ声をかけて出発した。
白鳥には20分くらい居たようだ。
すぐに6時になる。

まだ薄明るかったけれど、かなり冷え込んできたようだ。
ウインドブレーカーと薄手の軍手手袋でちょうど良かった。

前方にふたりの女性が並んで走っていた。
ジョイナーさんと去年優勝したM田さんだった。
M田さんは名古屋女子のシャツを着ていたので途中抜かされるときに話しかけたが、ぜったいについて行ってはいけないと思って、少しお話しただけで先にいってもらった。
そんなふたりが、すぐ前にいて、このままだと追いついてしまう。
ちょっと躊躇するが、とりあえず挨拶だけして抜かす。

次のエイドではこのお二人と、去年4位のCさん(♂)と一緒になった。
Cさんに「なんでこんなとこに居るんですか」と話しかけると故障中とのことだった。
このエイドでは4人して携帯でメールだのmixiチェックなどをした。
Mixiにもものすごく沢山書き込みをいただいていてびっくりしたが、とても返信はできそうもなかった。

4人そろってスタートし、しばらくCさんと併走した。
このさくら道ネイチャーはリタイアしてしまうと、来年の出場が危うい。そのためには完走を第一の目標にしているので、故障中の足が最後まで持つように走っているのだとCさんは言っていた。
胃腸が心配という自分に、オーバーペースにならなければ胃は持つだろうとアドバイスもくれた。
行けたら先に行きなさいというので、少し先行させてもらった。

日が暮れてきてすっかり暗くなってきた。
白鳥で予備用のライトを受け取っていたので点灯して走った。
そういえばこの予備用のライトをつけて練習したことがなかったことに気づいた。初めどうやってつけるんだったかどぎまぎした。

まだ8時くらいのようだけれど真っ暗だった。
下の方に集落があれば明かりもあるが、そうでなければ真っ暗。街灯があるところもあるけれど、ない場所の方が多い。
空を見上げると満点の星空だった。
今夜はこれを見ながら走るんだなぁと思った。
バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
2010さくら道国際ネイチャーラン(〜170km)
そんなに長くならないつもりでしたが、やはりとっても長くなりました。
富士五湖のみなさんの完走記もあがってくるでしょうから、読み物がいっぱいになる前にゴールまでたどり着きたいのですが。。。

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道は登っていたけれど、まだ走れた。
白鳥から20kmほどのLエイドに本格的な夜用のウエアを置いていた。
高鷲町の123kmのエイドで普通のウィンドブレーカーからゴアテックスに着替えた。
一週間前の予報では夜に雨が降る予報だった。氷点下の気温に雨が降ったのでは、たまらないと思い思い切って(ホントに思い切ってでしたよ〜)ゴアテックスの上下を買ったのだった。
雨の予報はなくなったけど、せっかく買ったし寒いことにはかわりないので、ここに置いたのだった。
ハイネックの長袖シャツにfrunの白い半袖Tシャツを重ね着して、首にはタオル、そしてゴアテックス。手袋はトレセンで使っているブルーの軍手だった。
ここでホンちゃんのライトも受け取る。
エイドの人たちに見送られて出発する。
これまでのどのエイドでもそうだったが、エイドに着くと拍手で迎えてくれ、出発するときも拍手で見送ってくれる。
本当にありがたい。

このコースの最高地点ひるがのを超えると距離も半分行ったことになる。
ここから下りになり荘川桜をめざす。
このあたりは去年応援に来たとき車で連れて行ってもらった。覚えているようないないような道だが、とにかく暗いので間違えていないか不安になる。

荘川桜はライトアップされていた。
まだ開花していないようだったけれど、ライトアップされたその姿は、まるで満開のようにみごとだった。
これが走ったみんなが感嘆したという桜なのだ。

このエイドが第二チェックポイント。荘川桜には11時少し前に着いた。
ここには眠気覚ましのレッドブルと「桜咲くキットカット」が預けてあった。
キットカットはたまに伴走のお手伝いをさせてもらっているKさんがひと月くらい前に送ってくれたものだ。
あらためてKさんの「ネイチャーがんば!」のメッセージをみながらエイドの方が開けてくれたキットカットを半分食べた。
すぐ横のランナーもレッドブルを飲んでいて「おソロですね」なんて会話をした。
レッドブルは半分飲み、半分は一番小さいポカリの容器に入れて携帯した。

荘川をすぎるとトンネルが多くなる。
車は少ないのだが、たまに来るとものすごい音がする。初めそれが何の音なのかわからず、電車が通っているのかと思ったのだが、それが後方から来る車の音なのだった。
音がしないときは車道を走った。
音がすると歩道にあがって行き過ごした。
カーブでは車が来なければ内側を走ったりもした。

トンネルは暖かい。軽く登りであまり走れないと眠くなってくる。
歩いたりしたらてき面だ。めちゃくちゃ眠くなってきた。トンネルの中を蛇行しそうになる。
歩道に腰掛けて寝ようかとさえ思った。携帯していたレッドブルを飲む。
携帯を取り出しmixiする。
頭の中にはスタートしてからずっと桜をテーマにした曲がながれていた。
マイミクの怪人さんがセレクトして送ってくれたMDを土曜の朝ホテルを出るまで聞いていた。
その中の曲がかわるがわるに流れるのだ。
眠いときには宇多田ヒカルの「SAKURAドロップ」なんかじゃダメだ。
曲を切り替えて嵐の「サクラ咲け」にした。この曲は元気が出でる。
下り始めると勢いで少し走れるようになる。走っていれば眠くはならないようだ。

下りでN渡さんをぬかしてしまつた。ウルトラで有名な女性ランナーだ。「お疲れ様です」といって先行した。
しかしこの下りが後で足にひびくことになるのだけれど…。

ほとんど一人で走っていたのだけれど、たまに抜かしてゆくランナーがいる。
白鳥を19時にスタートしたハーフのランナーだ。ハーフといっても白鳥から兼六園まで146kmある。
しかしまだ彼らは元気で、とても今の自分とは違うスピードで抜かしてゆくのだ。

152.8kmのエイドにはそんなハーフのランナーさんと同時に着いた。
着いてすぐに座らずにストレッチしてから座るようにしていた。「すぐに座らないでストレッチしなきゃ」と言ったのだが、どこでどうなったのか「マッサージを受けたい」とエイドの係りの方にとられたようなのだ。
出発しようとしたとき「ここでマッサージの先生を待ちますか?それとも次のエイドで受けますか?」と訊かれた。
一瞬へっ?っとおもったが、せっかくの機会なのでマッサージをお願いすることにした。
幸い次のエイドまでは3.8kmなので次のエイドにマッサージの先生をお願いすることにした。
しかし、思った以上に私の足はやられていて、この3.8kmは結構長かった。
だんだん下りがつらくなり「誰か私を楽にして〜!」とか思ったが、きっとゴールするまで楽にはならないんだろうなと思った。

次のエイドにはマッサージの先生が着てくれていてマッサージを受けた。
整体の先生というこの方のマッサージは不思議なマッサージで、例えばふくらはぎを触られればもちろん痛かったのだが、ふくらはぎ自信をマッサージするのではなく、胃や下腹辺りを気持ちよく押してもらうと次にふくらはぎを触られたときには、さっきより全然痛くないのだった。
Nちゃんに「もし何も食べられないようなことになったら、マッサージの先生にお腹を押してもらうと食べられるようになるから」と前半に併走していたときにアドバイスを受けていたのだけれど、これかぁと感心した。

私がマッサージを受けている間にさっき抜かしたN渡さんが「また元気になってね」と声をかけてくれながら、出発していった。
やっぱり強い!

マッサージを受けたあと、軽食と飲み物をいただいた。
このエイドでは暖めた大判のバスタオルを肩にかけてくれるのだ。
バスタオルが冷めてくると次の暖めたタオルをかけてくれる。そんなに寒いとは思っていなかったけれど、これはすごいサービスだと思った。
意を決して出発すると寒さが身にしみた。この夜はマイナス2℃とも5℃ともいわれていた。
前後にライトはなかった。一人で走っていた。自分のライトを消すと真っ暗になった。
ふと、電池が切れたらなぁ〜んにも見えなくなるのだと気がついた。
予備のライトはホンちゃんのライトを受け取ったときに預けてしまった。
そっか予備のライトは持ってなきゃいけなかったんだと、ここにきて気づく。
急にライトを省エネモードに切り替えた。

ライトを消すと本当に真っ暗で、星空を堪能できた。
歩く口実にライトを消して空を見上げて歩いた。天然のプラネタリウム。いやそれ以上の星空だった。
天の川の星のひとつづつがくっきり見えるようだった。

時々自衛隊の車が行き来してくれ、大丈夫ですかと声を掛けてくれる。
みなさんとても親切なたずね方で、こういったことも一人でも安心して走っていられる心遣いだった。

前方がやけに明るかった。
白川郷が近いらしいが、あの明かりはなんだろう??
答えは高速道路だった。夜中の高速道路の明かりはふしぎな光だった。

白川郷の町並みは静まりかえっていた。2年前に旅してきたときにも通ったところだろう。
ドラマの作り物の町並みの中を通るように通り過ぎた。

172kmの第三チェックポイント白川郷には3時過ぎに到着した。(らしい)
日の出まで2時間ほどだが、このあたりもまたトンネルが多く、ふたたび眠くなった。
2本目のレッドブルが預けてあったのが役にたった。
走っているときはいいが、座るとものすごく疲れていることがわかった。
出発してすぐは走り出せない。少し歩いてから走り始めた。
バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
2010さくら道国際ネイチャーラン(〜220km)
空が白みかける頃に、90番のランナーさんと前後するようになった。
橋の上は凍っていた。
少し前方にもピンクのゼッケンの女性が道を振り返りながら走っていた。(後で聞いたら間違えたのかと思い、引き返そうとしていたとのこと)ベテランの女性ランナーという感じの方だった。

坂を下ると道の駅のエイドがあった。ほぼ同時に90番のランナーとベテラン女性ランナーさんと私の3人が到着した。
Lエイドだったので、荷物を預けることができたので、一晩中世話になったヘッドライトを預けた。
軽く食事と飲み物をいただいてから、トイレに行った。

トイレでスパッツを下ろそうとしたらスパッツが触っただけで腿が痛かった。
筋肉痛というよりは皮膚が痛いという感じだった。
ウエストバックで痛かったお腹あたりも特に赤くもなっていなかったけれど、触ると同じように痛かった。体中のあちこちが傷んでいるんだろう。

トイレは様式の便座が暖かい居心地の良いトイレだった。
用をたし終わってもぼーっと座っていたら一瞬眠ってしまった。
このまま眠ってしまうといつ起きるがわからない。それならいっそここできっちり眠ろうとおもった。
きっちりといってもそんなに寝ているわけにはいかない。
携帯を取り出すと5時33分だったので、40分にアラームをかけた。
すぐに眠りに落ちアラームの音で目が覚めた。
たった7分だったけど、頭はすっきりと目覚めた。

再び走り出すと、頭はすっきりとしたものの足が軽くなったわけではない。
くだりになると足の裏がめちゃくちゃ痛かった。
アディゼロで走っているのだが、軽くてよいのだが、やはり底が薄いのかなぁ〜とおもった。

菅沼の合掌集落が見えるあたりで90番さんに追いついた。
私の方が先に出発したはずなのに後から来たのでおどろかれたので、トイレで寝ていたと話した。

この後には後半のメインの上りの五箇山がある。
五箇山登る手前のエイド「五箇山タクシー」で朝の荷物を受け取る。
白の長袖といつもの赤いfrunの半袖ユニの重ね着に着替えた。
しかし、そのままでは寒そうだったのでゴアテックスの上着はまだ着ていくことにした。
このエイドでカレーきしめん(本当はパスタだったよう)をいただく。

走り出すとゴアテックスの下を脱いだので足が寒い気がした。
しかし、すぐに上りが始まると気にならなくなった。
この上りは歩いても走っても変わらないから歩いてもいいと聞いていた。
でも、初めの方は走れたので、ちょこちょこと走って登った。
少し上の方でこちらに向かって手を振っている人が見えた。
おやまさんに似ているように見えたが、そんなところに居るはずがないと思っていたので、幻かもしれないとおもいしばらく見つめたまま走る。
どうやら本物らしいとわかったので、手を振った。

さくら道ネイチャーは大会の公正さを重んじるので、特定のランナーの併走や、私設エイドを禁じている。
せっかく応援に来てもらっても、併走してもらうわけにはいかないのだ。
それを伝えると、車で上のエイドに行き待っているといってくれた。
上を見上げるとかなり遠くに見えるあの黄色い三角が次のエイドらしかった。
振り返ると山々が素晴らしい景色を見せていた。
それとは関係なくこの上りは辛い。
でも、下から90番さんがちょこちょこと走ってやってくる。
走れるのかぁ〜と思い、走ったり歩いたりしながらどうにか次のエイドへ到着した。
そのエイドでも荷物を預けられるというので、ここでゴアテックスの上着を預けた。
そして首に巻いていたタオルをお腹にあてスパッツに挟んだ。上着の厚みががなくなったのでお腹にウエストバックが痛くならないようにした。

このエイドのアップルパイがめちゃくちゃ美味しかった。
もっとゆっくりしていたかったけれど、これからうわさのトンネルがある。
コレを下るのはいやだなぁとおやまさんに言うと、向こうの下りはもう少し緩やかだと教えてくたれ。
そして、かなりお待たせすると思うがゴールで待っていてくださいとお願いした。
(このときはまだ自分のことで精一杯でした)

短いトンネルの後、有名な3.2kmある五箇山トンネルとなる。
歩道は狭く、途中で水が溜まっていたりする。照明もあるのだが、明かりと明かりの間が薄暗くなっていて足元が良く見えない。
車が来なければ車道を走ったが、それなりに車の通るトンネルだったので、用心しながら歩道をはしる。
出口までの距離表示がところどころにある。たかが3kmされど3km。やっぱり長いトンネルだった。

トンネルの出口を出るとエイドの代わりに自衛隊の方が給水のための車を用意してくれていて水をいっぱいいただいた。
ピンクのジャケットの大会係員も声をかけてくれ「まだ時間は沢山あるからゆっくり行きなさい」といってくれた。
そうなの?まだ時間は気にしなくてもいいんだ???

五箇山の下りは決して緩やかではなかった。
心の中でおやまさんのうそつき〜!と叫びながら歩いてくだった。
もう、腿の前側が痛くて走っては降りられないのだ。
斜度がゆるくなるところまでとにかく歩いた。
平地になれば走ることもできたが、とにかく下りは無理!

坂を降りきったエイドで、坂道が降りられない〜とぼやいていると、エイドの方がマッサージしましょうか?と申し出てくれた。
夜中のマッサージで気をよくしていたので、軽めでといいながらお願いした。
しかし今度のマッサージは夜中のとは違っていた。
ううう痛ぁ〜い!軽くって言ったのにぃ〜!!
U治療院の毒鍼にも痛がらない私が痛い痛いと呻きながらマッサージを受けていると90番さん達もエイドに到着した。
マッサージのあとたこ焼きを2ついただいていると、応援のKちゃんがやってきた。食べられてるなら大丈夫と若いながらも経験豊富なKちゃんから完走の太鼓判をいただいた。

マッサージは痛かったが走り出したら足が動く。
残りは30kmちょっと。残りはわずか。もう勝ったも同然な距離。って思うところが思考が壊れてるところ。
エイドね人に教えられたとおり素晴らしい桜が咲いている中を快走した。
やっぱりこのくらいで走ると気持ちいい〜。
ってここでようやくまだ30km「も」あることに気がついた。
練習で30km走しようと思ったら大変じゃん!

というわけで途中でペースダウンしながらも次のエイドに到着した。
ファミマの駐車場に作られたエイドで、ここのトイレで長袖を脱いでいつものfrunの半袖ユニだけになった。手袋もいらなかと思ったが、水色の軍手はしたまま行くことにした。
バニー
  • 登録日: 2008-2-3
  • 居住地: 東京都
  • 投稿: 1288
2010さくら道国際ネイチャーラン(〜ゴール)
無理やりゴールまでアップしました。
かなり長いです。m(_ _)m

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この次のエイドまでは6.4kmあった。
とにかく目標は次のエイドで、ひとつづつそれを重ねていくしかなかった。しかし次のエイドまでが6kmを超えていると長いなぁと感じた。
さっき回復した足も既に使い切ってしまっていて、またグタグタになってきていて、歩いたり走ったりしながら進んでいた。
次のエイドは道の駅につくられているらしいので、道の駅の看板が出てくると、もうすぐかもと思えたが、なかなか着かなかった。

道の駅福光の一鶴に作られたエイドはゴールまで26.6kmの荷物の受け渡しができる最後のエイドだった。
エイドのお客さん(?)私だけ。
到着すると係りの人が預けてあった荷物をテーブル越しに渡してくれた。
「これ、このまま戻そうかと迷っているんです。」
といって袋を開けてとりだしたのは…。
察しのとおりバニーの耳だった。
エイドの人も特に驚いた風でもなく着ければいいじゃないと背中を押してくれた。
でも佐藤良二さんの遺志に反するとかって失格になったら困るし。などと談笑しながら頭に乗せてみた。

トイレの鏡でしっかり付けて出て来るとエイドのお客さんが増えていてなんだか気恥ずかしい。
ぶどうパンを半分ほどいただいてそろそろ出発。
出かけに「ウサギは道端で昼寝してるのもありだから」といいながら出発したが、それに近いものになろうとは。

走り出すと結構風があった。
着け慣れた耳だったけど、最初は違和感があった。
しばらくそれに慣れてきたころ…。

目の前には遥かな上り坂が!
高低差の地図をしっかり見ていなかったのでアップダウンは五箇山で終わりだと思っていた。
まだ登ってもいないのに歩き出してしまっう。
オマケにトンネルまであったりするしい〜。
急な下りはきついけれど、あまり急でなければ、やはり下りの方が楽かもしれなかった。

この頃になるとエイドに表示されている次のエイドまで○kmというのをみて、多分キロ7分くらいだから何分で到着するかと考えながら走っていた。
歩いてしまうと到着予定時間が遅くなってくるわけだ。
そろそろ次のエイドでもいいんじゃないだろうか。なのになかなか着かない、と気持ちが切れて歩きたくなってきたとき、エイドまで400mのA4くらいの看板をガードレールに発見。
300m、200mとそれは続いてゆく。こういう表示はここが初めてだったが、やっぱり元気がでる。
最後の100mはちょっと長い気がしたが、若い人が運営しているので有名(?)なエイドに到着した。
バニー耳付のランナーを歓迎してくれ飲み物とたこ焼きを勧めてくれた。
五箇山を下ったところのエイドで食べたたこ焼きは外側がカリっとしたたこ焼きだったけど、ここのはしっとり系だった。
いすに座り紙コップを足元の地面においていたら、若い女の子がそのコップを拾い上げて持っていくれた。
ありがたかったけど、なんか申し訳なくって長居しづらくなってしまう。(っていうか長居しないで早く行けよ)
そろそろ行こうとするど、ゴールまで21.4kmと書かれた看板にバニーが描いてあるのを示してくれた。
記念に写真撮った。

その写真とあと21kmであることをmixiにアップしたかったが、そんなことをしていては悪い気がしたので、早々に出発した。
カーブしたみちで、彼らから見えなくなっただろうところで歩き出し、携帯でmixiと金沢の友人kinkodoさんとおやまさんにメールした。
「あと21kmだけど2時間じゃ無理」
それが12時半くらいだった。
Kinkodoさんからはすぐに返信がきて、2時半過ぎに兼六園に向かうとのこと。
だからぁ〜2時半じゃむりだって〜。kinkodoさんはお仕事抜けて来るんだし、早く来てもらってもまたせちゃうだけだよなぁ〜と思いながら走り始めた。

が!
行く手にはまたしても上り坂が!
なんでこんなとこに登坂斜線があるような坂があるの〜!?
そしてまたしても、まだ登ってもいないのに足が止まってしまった。
私1「あれ無理!私無理だから!」
私2「無理っていたったて進まないとゴールできないんだし。」
私1「あの坂は右にカーブしててどこまで登りが続いているかわかないし」
私2「じゃああのカーブのとこまで走ろう。どのくらい続いてるか見えるとこまで走ろうよ」
……
私1「あ〜やっぱまだ続いてるじゃん。もう無理だから」
私2「はい、歩いてよし!」
みたいな会話を自分の中でくりひろげながら何とか歩いたり走ったりしながら峠越えをした。

峠を越えたあたりで、乗用車がスピードをゆるめて寄ってきた。
3人くらいの女性が乗った車だったけど窓をあけて「かわいいですよ」と言われた。
バニー効果か?

次のエイドは少し道を入ったところだった。こざっぱりしたエイドでエイドに着くと写真を撮ってくれた。
やはりバニー耳をつけたランナーは珍しいし、女性には受けがいいようで、話がはずんだ。
ここにきて登りが多いと訴えると、もうイッコあるけど、それは短いからとおしえられた。
お話はたのしかったけれど、どこかで切りをつけて出発しなくては。
というわけで下り基調の道を再び走り始めた。

本当に短い上りがあった。エイドの人が行っていたのはコレ?
違いそうだなぁ〜と思っていたら、やっぱりもう一個上りがあった。確かにさっきまでのよりは短いようだが「これってやっぱり短いっていわないよ〜!!!」

その次のエイドまでは7km近くあった。と言うことはキロ7分で49分。
1時間にちょっと足りないくらいだ。
あ〜まだ20分しか走ってないよな、などと思いながら時計をみながら進んでいった。

まだ着かないだろうと思っていたのに不意にピンクのジャンパーが見えた。
エイドだ!
年配の方たちばかりで運営してくださっているようで、何か食べなさいと勧めてもらったので梅干をいただいた。

このエイドがゴールまで10.8km。
おやまさんとkinkodoさんに再び到着予定をメールしたかったけれど、送り出されてすぐ歩き出すのは申し訳なかったので、また見えなくなっただろうところで、立ち止まってメールした。
「あと10.8kmだけど1時間じゃ無理」
このメールが13時54分。
普通ならどおってことない距離だけど、今はそうはいかない。さあ、ゴールは見えてきたような、まだまだなような。。。
とはいえ、足はなかなか前にでない。

最後のエイドはゴールまで7.2kmのところにあり、こちらではスイカをいただいた。
めっさ旨かった!
ここでも最後に坂が多かったと訴えると、ここからは平坦だけど、信号が多くて止まるかもと言われたので、止まりたいです、と答えた。
トイレも借りたが、洗面所に鏡がなかったのが残念。
バニー耳の状態がわからない。
でも、とにかく出発だ!

頭の中の曲はレミオメロメンのSakura。
嵐に代えたいような気もしたけれど、変わらなかったのでずっと「桜の花が咲いているよ」と頭のなかで音楽がなっていた。

信号が多くで止まるかもとのエイドの方の話に反して、少しも信号に引っかからなかった。
なので走り続けた。
たぶん今はキロ6分くらいでは走ってるとしても7kmだと42分。
あれ?エイドを出たのは何時だった???だんだん計算できなくなってきた。

金沢の街中をバニーで走る。もう耳がついているのとか、気にしてなかった。
広い歩道はいいのだけれど、ちょっと狭めのアップダウンのある歩道が結構あって走りづらい。
そういうところに差し掛かると止まってましう。今の自分にはこのアップダウンは走れない。申し訳ないけれど車道の路肩の白線から出ないようにぎりぎりのところを走った。
反対側の歩道の方が走りやすそうに見えたので、そちらに渡ろうかとも思ったけれど、タイミングがあわない。

パチンコ屋さんや、車屋さんの多い国道をひたすら走る。
この大会のための自衛隊の車とすれ違う。車道を走っているから注意されるかと思ったけれど、すれ違いながら、応援してくれた。
青い道路標識の看板に直進が「兼六園」と出始めた。
兼六園!
目指すは兼六園だ!
大きな較差点の手前には道路標識看板があり、何度も「兼六園」の看板を見上げながら走った。

兼六園、どこまで行けば兼六園なの!?

白い「兼六園3km」の観光用看板。
よしあと3km。あと何分?

それでもなかなか兼六園がやってこない。
もう3kmたったでしょうが!!!

ようやく見たことのあるような真っ白の建物が正面に見えた。
ここを曲がれば去年応援に来たときに立ち寄ったコンビニがあってその先が兼六園のはず。
コンビニ発見。
よし、その次が兼六園!

あれ〜兼六園ない〜。
あーもいっこ角をまがるんだったのか〜。くぅぅぅぅぅ〜。
あ〜んこんなとこで信号待ちかぁ〜。

そう、ここは去年きたコンビニ前の信号。
去年このコンビニから兼六園に向かうピンクのゼッケンのランナーを見たっけ。
今年は自分がそのランナーになっているんだ。

走ることだけ考えていればいい贅沢な1日半だ。
信号が変わりるとすぐに走り出す。
兼六園はもう目の前。

兼六園下の信号でも待たされたが、信号の向こうのピンクのジャンパーの人たちが大きく手を振っている。

青に変わった信号を渡ってピンクのジャンバーに誘導されて最後の坂を上る。
兼六園のゴールに向かうにはこの坂を上らなくてはいけない。
絶対走って登ってみせる。

坂を上りきると桜がちらちらと散っていた。
桜散る直線が私を迎えてくれた。

が…前の自転車がじゃまじゃい!写真に写らんだろうが!

自転車の向こうにピンクのジャンパーの人たちに混ざって見覚えのある人たちが手を振っているのが見えた。
頭の中にはSakuraが流れっぱなしだった。「桜の花が咲いている…」
そう桜はまだ咲いていた。
私たちのゴールを待っていてくれた。
うれしかった。本当にうれしかった。
夢中で走った。一瞬が長いような短いような。どんどん近づいてくる人たちとの距離が、時間が。
今この瞬間、きっと世界の中で私が一番幸せを感じているのではないかとさえ思えた。
この幸せを抱きしめるように両手を胸の前でぎゅっと合わせてから大きく手を開いてみんなに手を振った。

さくら道にゴールテープはない。
道の右に植えられた佐藤桜がゴールだ。
右に曲がるとはめていた手袋を外し石の上においた。
そして、佐藤桜に抱とめられるようにゴールした。

愛しい桜だった。
Kちゃん
  • 登録日: 2007-3-28
  • 居住地: 津市 東大阪市
  • 投稿: 177
Re: 2010さくら道国際ネイチャーラン(〜ゴール)
完走記読ませていただき感動しました。

250キロは私の想像できない、苦しさとその中に楽しさが
あるのでしょうね。

250キロ、私には絶対に本当に絶対出来ないことだから
挑戦され完走されたバニーさんが立派でそして羨ましい気
もします。

お疲れ様でした。

また、いつかお会い出来るときを楽しみにしています。
生でまたお話聞かせて下さいね。

 Kちゃん@初70キロでびびっています
hoyohoyo
  • 登録日: 2007-10-16
  • 居住地: 三重県
  • 投稿: 697
Re: 2010さくら道国際ネイチャーラン(〜ゴール)
長い長い旅を、文章の中から垣間見せていただきました。

「愛しい桜だった」

時間と距離と思いが、すべて詰まっているような一言ですね。

感動です。


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