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はやと丸 |
投稿日時: 2010-10-11 23:58 |
- 登録日: 2007-4-2
- 居住地: コバトンと同じ埼玉県
- 投稿: 470
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- 秋田内陸100キロチャレンジマラソン無事にゴールしました
- こんにちは。はやと丸です。
9月26日に秋田県の仙北市(角館)〜北秋田市(鷹巣)を駆け抜ける「20回記念大会 秋田内陸リゾートカップ 100キロチャレンジマラソン」に参加し、12時間15分前後で、9回目のゴールを果たすことができました。6月のサロマ湖100キロマラソンでは途中リタイヤをしたので、今回ゴールできて正直ホッとしています。 北海道マラソンが終わってから、猛暑続きと仕事や家事等で時間に追われたこと、そして足の調子が思わしくなかったため、ほとんど練習をしないで本番に臨みました。正直ゴールできるかどうか微妙でした。でも、サロマ湖の直前のように足が痛むような感覚はなかたったし、北海道マラソンを曲がりなりにゴールできたこと、フォームに注意したり、気持ちをコントロールすればゴールできるのはと思いました。そして、やってみないとわからないという思いでスタートラインに立ちました。 ここからは思いつくままにレース時のことを書きます。まとまっていませんがその点はご了解を。 大会前日の14時すぎに角館に到着。ちょっと肌寒く、長袖がないとつらい状態。翌日の朝食等をスーパーで調達し、前夜祭会場である仙北市角館交流センターへ。ここで受付、前夜祭に参加。いつもの会う走友と再会するとともに、Beanさん夫妻に会えました。夢中になって話していると宿泊先に向かうバスの出発時間。後ろ髪を引かれる思いであとにしました。 夕焼けの中、宿泊先である県立田沢湖スポーツセンターへ。夕焼けの中田沢湖が一望できるロケーションのところで、韓国映画「アイリス」のロケ地にもなったそうです。公営施設でありながら、夕食はバイキング形式で、浴場には温泉が引かれていました。ストレッチを入念にやって21時頃就寝。 レース当日は2時に起床。急いで朝食を摂り、3時に宿を出発。外はすごく寒かったです。40分くらいでスタート地点に着き、走る準備をしました。ストレッチは外でやって、スタートぎりぎりまで羽織っていました。UMMLメンバーやBeanさんふさいと会い、スタートゲートで写真を撮って気合いを高めました。スタート5分前には南の空がかすかに明るくなっていました。 レースは5時にスタート。花火が上がり、夜が明ける状態で始まりました。気温は約6度で朝靄が立っていました。幻想的な光景の中で走り出しました。右足の付け根がちょっと痛んだけど、力まずに前進。前半は5キロを33〜35分で走りました。今までのレースよりはゆっくりですが、後半や足のことを考えたらこのペースで落ち着きました。8キロ過ぎの西明寺地区では地元や求償年団の長いハイタッチを受けました。 長丁場レースなので、エイドでは飲み物とともにバナナやオレンジなど、可能な範囲で食べ物を取りました。あと、ストレッチや消炎剤をかけてもらい、足のケアもしました。地元のボランティアとのささやかなふれあいはホッとするし、秋田弁を聞くと心地いいです(親戚が秋田にいるため)。 サロマ湖では暑さで20キロ以降で気分が悪くなってしまいましたが、今回の秋田内陸は気温が低い状態で始まり、体への負担がかからずに走れました。20キロ以降は靄が取れて、雲一つない澄んだ青空が広がっていました。列車を見たり、黄金色の田んぼ、秋田花街道にふさわしく家や歩道帯等に色とりどりの花々が咲いていて、自分の足でのどかな光景を見ながら走れることに、喜びや嬉しさを感じました。 メインの大覚野峠越え前のエイドではなめこ汁と寒天料理(秋田ではよく出る)を堪能。上りはしっかり走り、下りはあとのことを考えてブレーキをかけながら駆け下りていきました。峠沿いの山々の紅葉はまだでした。鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえてきて、心地よかったです。そして秋田のラン仲間のエイドもありがたかったです。50キロ直前の着替えポイントは5時間30分過ぎに入り、約15分休憩。そして、50キロスタート(11時)10分前に後半に入りました。 走り始めはぎこちなかったけど、慣れてきたらペースが戻ってきました。55キロ過ぎで50キロの部の先頭が通過しました。すぐ先のエイドで給水・給食をとり、走り始めて間もなく急に足に疲れがドッと出ました。走ろうとも思ったけど、まだ時間もあるので、ここは思い切って歩きました。何分ペースでまわしていけばいいか考えて60キロ地点まで歩きました。結局5キロを45分以内で走れば13時間以内に間に合いそうなので、極力走っていくことにしました。 阿仁トンネルを過ぎてからは正面がひらけてきて、ゴールが少しずつ近づいている事を感じました。荒瀬の集落では地元の応援とともに家前で丹精こめて育てた花々、内陸鉄道の急行列車、収穫中の田んぼ、緑の山々を見て、目に焼き付きました。阿仁市街地に入って、65キロ付近のエイドでは唯一のマッサージがあり、すぐに受けられました。5分くらいでしたが、体の方はリフレッシュできたみたいで、それ以降も概ね走れました。 70キロ以降は雲がかかるようになり、暑さを感じて体にこたえるなと思ったなかで救いでした。左膝に急にピクッとするような刺激があり、不安になりましたが、骨ではなくホッとしました。上り坂は足に来るので、無理せず歩き、それ以外は極力走りました。時々、(秋田出身の)母がすぐそばで応援しているような錯覚に陥ったりして、改めて母と一緒にこのコースを走り抜いば、天国にいる母は喜ぶだろうと思いました。ランナーも顔ぶれが固定し、また一緒に走っていると感じました。森吉地区にはいるとエイドにマルメロがあり、残り1つのところでありつけました。 80キロは14時半すぎに通過。5キロ45分で走ればゴールは可能です。少しでも走ってストックを作るようにしました。80キロ以降はエイドに炭酸飲料があり、これは必ず摂りました。森吉市街地を駆け抜け、合川地区に入ると左手に広々とした田んぼと歩道脇にマリーゴールドの帯があり、何時も目を引かれました。この辺りで今まで我慢したむかつき感が出てきて、85キロ直前のエイドでついに吐いてしまいました。サロマ湖では何度も吐いていたことを思うと、この1回で済んだのは胃が良く持った証拠でした。すぐそばにいたボランティアのおじさんが水を持ってきて、その1杯で落ち着きました。東京マラソンの事をがよみがえりました。 85キロ過ぎのエイドで見た気温表示は19度。予想よりも上がらずにホッとしました。この大会で会う知人やクリスタルランナーの地元の看護師等と抜きつ抜かれつ89キロのエイドへ。この時点で16時くらい。上り坂を歩いて90キロを通過した時点で、余程のことがなければゴールできると確信。ここまで走れた(少し歩いたけど)事に我ながら驚きました。秋田の走友とバトル?をしながら、高台のコースを進みました。杉林のところは涼しく、日が傾いてきたなと思いました。 94キロの下りまでは走りましたが、最後の難所と言われる大館能代空港アンダーパスの上り坂は歩きました。残り4キロで鷹巣市街地が眼下に広がり、ゴールは間近。最後まであきらめずに一歩ずつかみしめるように走りました。最後のエイドも給水・給食をとり、ラストスパート。川を渡るときに左を見たら日がかなり傾いていました。日の入り前にはゴールできそうでした。市街地に入っても足の疲れで歩きも入りましたが、残り1キロからは走りました。アーケード街では幸いにもゼッケンと名前を放送され、買い物客や店員さんが店の前に出て応援していました。手を振って応援にこたえるのも最後。ここまで走れた一つに応援もあったと思います。最後の交差点を右折して300mくらい走ると、ギネス登録されている大太鼓の演奏で歓迎され、完走を実感。そして、無事にゴールゲートをくぐりました。無理かもしれないと思った完走が現実のものになった瞬間でした。
ゴール後はUMMLのメンバーと落ち合い、完走をたたえ合いました。日の入り以降は急に寒くなり、急いで交流センター内へ。後夜祭のことを考えると、銭湯に行くと飲食できないのでパスすることに。18時に競技終了を告げる花火が打ち上がり、13時間にわたるレースは終了。 後夜祭ではUMMLのグループに加わり、一緒に飲食しました。胃の方は大丈夫でビールやおでん、きりたんぽ等ちゃんと食べられました。この大会でしか会えないランナー・初めて会うランナーと語らい、互いの労をねぎらいました。Beanさん夫妻はどうしたかなと思いましたが、会うことはできませんでした。20時前にはお開きとなり、秋田のラン仲間の車に乗って秋田市に向かいました。会場をあとにしたとき、すごくひっそりしていて、いつもの鷹巣の町に戻っていました。
走れるという思い、あきらめない思いがあれば、ゴールは手にできること。そして秋田内陸路の豊かな光景、沿道の暖かい応援、走る仲間と一緒に走る共走で、100キロを乗りきれたと思います。来年以降ゴールし、10回完走すればクリスタルランナーの資格が手にできるので、励みにしようと思います。 コースはアップダウンが多くハードかもしれませんが、走りがいのあるコースです。応援の人も大会当日は秋田内陸線を、無料で利用できますので、興味のある方は参加を検討してみてはいかがでしょうか。ではでは。
2010.10.11 はやと丸@練習再開!
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